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新幹線とトイレ

ビルメンテナンス情報
『新幹線とトイレ』

著 木村光成 先生

1:トイレ研究の基礎、新幹線トイレ
トイレメンテナンスについて、私どもはあまり語る資格がありません。なぜなら私たちは駅舎や新幹線のトイレから多くのことを教えられてきたからです。
今から40年ほど前、新幹線が開通しました。今もそうですが、当時世界最高の列車です。もちろんトイレも世界最高のものです。当時大井基地は、トイレをはじめカーぺットなど、車内内装材基礎研究のメッカでした。それだけでなく細菌、真菌、ゴキブリ、などの環境衛生や建築資材の汚れの研究のため、大手企業の研究員が詰め掛けていました。
研究者はアメリカからも来ていました。アメリカは鉄道に関しては後進国です。やはり日本で学ばなければならなかったのでしょう。洗剤などの広告では、よくアメリカの技術の裏づけが強調されていますが、実際はそうではありません。

ある大手企業は、トイレの汚れをバクテリアで分解するために、効率の良い細菌の研究をしていました。現在使われている洗剤、除菌剤などは、新幹線のトイレをサンプルに研究されたものが多いはずです。
清掃、特にトイレは、その国の文化や生活様式を反映しています。トイレ関連商品も、その国での裏づけ研究なしには定着しません。それなのに、なかなかその重要性に光があたらないのは残念です。トイレ協会も新型のトイレの採用には熱心ですが、トイレの清掃にはあまり関心がない様に見えます。
そこで、ここでは、洗剤メーカーが最良の研究現場として取り組んだ、40年近い新幹線トイレ清掃の歴史や、それぞれの車輌トイレに適合させた独特の洗浄技法を、取り上げたいと思います。

写真:
新幹線車輌の落下細菌やカビを調べて、車両内部の環境を推測できる。
採取シャーレの高さが乗客の口の辺りにあることに注意。
食堂車が減るとゴキブリの生息数にも影響が出る。もしかしたら乗車率と細菌やカビの量や種類も関係があるかもしれない。


2:新幹線トイレがなぜトイレ洗浄の原点なのか
外部研究者として新幹線トイレを研究したことから、勉強させていただいたことを記載しておきます。

1  使用頻度が桁違い。
短期間で事務所ビルの使用回数にして、数年分のデーターが得られる。
車内販売で飲料の摂取も影響する。

2  室内換気量が多く、比較的乾燥している。水分の蒸発速度が意外に早い。
車輌という空間にできるだけ人を乗せるため、換気量も事務所ビルよりはるかに多い。乗車率と換気量の一致はなかなかむずかしい。
車輌内の部分的温度や、湿度の変化を「車輌内の微気象」と呼ぶ。この数値はそこに生息する細菌、カビ、虫(ゴキブリ)などの種類と量に影響する。
乾燥状態で温度が高いと、トイレの垂直面などで汚れの付着がはげしく、汚れが取れにくい。

3  洗浄水は水量が約1トンと限られている。
乗車時間が3時間でも2時間でも同じ量である。必要最低限の洗浄水が使用される。

4  新幹線トイレの1ヶ月の汚れは、最大で通常のビルの2年分以上の負荷がかかる。
大井基地で見た最大の尿石は厚さ2センチ大きさ10センチ程度あり、通常のビルでは見られない。男子トイレの特殊な構造もあり、ほとんど板状の尿石が多い。

5  洗浄水によってはかなり硬度の高い水が使用され、このため塩酸では取れない汚れが付着する場合もある。

6  新幹線の場合、特定の車輌が戻る時間がわかり、どの程度の期間の汚れかが記録できる。

7  汚れについては、ステンレスの大便器より陶器製の小便器に問題が多い。
その理由は、ビルのトイレと全く構造が違い、横へのパイプがなく円形の尿だまりから細いパイプで垂直にタンクに落ち込んでいるため、この内部に短期間で尿石が形成される。

8  トイレの構造は、初期の100系から700系までそれぞれ異なる。
タンクまでの垂直パイプ洗浄はかなりの技術が必要である。

写真:
新幹線車両は一番古い100系から最新の700系まで、さまざまな改良が加えられてきた。トイレも同様であるが、むしろ100系よりも内部配管の清掃にはより高い技術が必要である。


写真: 目皿下の汚れ。この穴の下の尿だまりと、その下の横にあるタンクへつながるパイプの汚れ(尿石)が臭気の原因になる。
しかし、そのパイプは穴の真下にはなく、洗浄ブラシを差し込むのが難しい。そして洗剤は、すぐタンクに流れ込んでしまい、汚れと接触する時間が少なく、汚れを落としきれない。
そこで現場の方々が考えたのが「閉鎖法」と呼ばれる方法は、シリコーンの風船を差し込んで膨らませて流れを塞き止め、そこに酸性洗剤を入れて一定時間おき、尿石を分解する。そしてアルカリで中和する。

注:
新幹線が基地にいる時間は、我々外部の人間が考えるより短い。
高価な車輌の原価の回収には稼働率を上げるしかない。もちろん安全性が第一であるから、車輌の安全性の確認点検を行い、わずかな時間が清掃に割り当てられることになる。イスの汚れを洗浄する場合、濡らしすぎると大井基地から東京駅までの間に乾燥しきれない場合も起きる。
このように、車両清掃とビル清掃とでは時間的制約の厳しさが違い、作業の緊迫感が違う。なんと言ってもビルは発車することはない。そのような状況で作業を行い、現在まで無事故ということは、世界一の管理技術であることを意味する。
そのすばらしさは、むしろ我々部外者が強く感じている。


3:新幹線から生まれた特殊トイレ清掃技術
このような過酷な条件下でのトイレ清掃は、通常のビルの清掃法や洗剤では成果の上がらない場合が多くあります。そこで、新幹線や駅舎のトイレでは、現場の工夫により独特な技法が生まれてきました。これらの技法は、ほとんど公表されないものが多いのですが、一般ビルでも応用の可能性が高い技法です。

使用頻度が高く、清掃時間が取れないトイレは、かえって一般ビルで増加しています。セルフサービスの店舗で万引き防止のためトイレ数が少ない場合なども、この例にあてはまるでしょう。
また、通常の清掃法では清掃できないパイプ内部の清掃方法などは、特殊技術として残しておく必要があります。これらの技術は、効果は大きいが手間がかかり、コスト的にも難しく、受け継ぎが難しい欠点があります。便器メーカーなどは、ここまでのメンテナンスにはむしろ反対しています。設備交換の方が利益が上がるからです。しかし、今後は良い品を長く使う時代に向かっています。

これらのトイレ洗浄の技術も、鉄道管理局時代からの歴史の上に出てきたものなのです。これらの技術を残しておきたくて、筆を取りました。トイレ洗浄の点からも、新幹線メンテナンスの原点は初期の100系にあります。今、名古屋で展示されているリニア新幹線にトイレは付くでしょうか?


 閉塞法は、タンクへのパイプが穴の真下ではなく横にある構造が、清掃を難しくしている場合に行う。
先端に風船を付けたパイプを排水パイプの末端まで差込み、先端の風船を膨らませてパイプを閉鎖し、洗剤が流れないようにする。
(100系)
 尿石の塊がなく、汚れの少ない場合は、写真のブラシに洗剤をつけて穴の内部を擦り洗いする。
かなり強い洗剤を使う場合もあるため、硝酸以外の酸、アルカリ、熱に耐えるアクリル繊維が使われる。パイプの長さは40センチある。
(100系)
 700系大便器である。我々の経験では、小便器より洗浄は難しくない。和風便器、いわゆる汽車便であるが、洗浄水の出口に工夫がある。100系ではステンレス便器であり、ふちの部分の先浄水ノズルの部分の汚れ清掃が厄介であった。
初期の便器はステンレスのプレスのままで、内部の縁はカミソリ並みの鋭利さで、手袋の上から手を切った記憶がある。
 滴下法とは、駅舎などのトイレのパイプ内部の汚れや、尿石を除去するための技法で、夜間洗剤を少しずつ滴下して、汚れを溶解する方法である。
通常の目皿に洗剤を置く方式では、あまりに洗剤濃度が薄く、洗浄水とともに瞬間的に流れ去るために、汚れが取りきれない。
この方法は、40年前の上野駅などで行われていた現場の知恵である。


 駅舎ほど使用頻度の高い場所はビルでは少ない。カーぺットの耐久性を調べるには改札口が最良である。
30年前、カーぺットの10万人歩テストが行われた例がある。サンドぺ-パーなどを使用した耐久テストより、実際の歩行によるテストに勝るものはない。駅舎のトイレや石材は使用頻度が高く、その上自由に観察できるため、最良の研究場所である。

 また、新しい床材は、初めに駅舎に売り込まれる例が多い。
たとえば品川駅のトイレに使用されたブラックスレートであるが、この様に吸水性の高い石がトイレに使用された例はない。また、最近は中国産花崗岩が非常な低価格で売り込まれているが、クレーム情報やメンテナンスデータがほとんどない。磨きの場合、汚れ率や滑りの変化など、駅舎やホームは最良の研究場所であり、付近では関係者と思われる人たちを良く見かける。

終わりに
我々メンテナンス関係者にとって、東京、上野、新宿などの駅舎や車両は、過去40年間、商品開発や技術開発の研究室でした。
トイレや座席の汚れ、車両の洗浄など、限られた水や資材で作業する作業条件は、ビル清掃より厳しい場合が多いのです。車両の洗浄は、鉄さび関連の汚れの研究にはかかせません。
有名な新幹線の先頭部の、虫や鳥の衝突による汚れも、新幹線だけの領域ではありません。ビルは動きませんが、風が吹きつけます。新幹線の車両の汚れは、ビルの汚れ研究と無関係ではありません。当然、自動車の洗浄にも無関係ではありません。
昔の新幹線は100系だけでした。ですから、自動車の洗浄機のような車両洗浄機でかなりの部分が洗えました。しかし、二階建てや700系のアヒル型など、色々な形式が出てくると、洗浄機では洗えなくなってきました。
いずれはロボット清掃が出てくるに違いありません。しかし、その開発には研究データが必要です。それは手作業が基準になるのです。
現場の人たちの毎日の作業が技術の進歩を推し進めていることを、車両や駅舎の清掃の重要性や現場の人たちの知恵のすばらしさを、外部から見て現場の人たちより強く感じている次第です。

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